タクシードライバー

空港に向かうタクシーの中で、私たちはいつものように押し黙って、片耳にイヤホンをつっこんで窓の外を眺めたり、携帯からとりとめもない記事を眺めたりしていた。

沈黙といってもそれは何か重苦しいものではなく、ついうとうとと眠くなってしまうよう類のものだ。理解できない言語で会話されるのはあまり心地の良いものではないだろうし、かといって同じ空間にいるドライバーを無視して英語で会話するのもなんだか失礼な気がして、私たちはタクシーでは、会話を振られない限り、いつもごく自然にこのように静かになってしまう。あるいは一言二言、ドライバーには届かないくらいの小声で何か事務的なことを言ったりする。もっとも、こんなこと気にする必要は全くないのだろうけれども。

ドライバーはさきほどからしきりに、歯医者の予約の時間変更だかといった内容の電話をしている。スピーカーから無防備に流れてくる男性の声は明らかに、知らない誰かに会話を聞かれているなどつゆ知らないような口ぶりで、何日の何時なら都合が良さそうとか、そんなことを話している。

それにしたって、その日乗車したUberは随分と綺麗な車で、後部座席も広くて清潔で、何かの偉い人の専属タクシーか何かのようだった。褐色の肌の運転手はなんとなく身なりの良い男性で、髪には少し銀髪が混ざっている。

 

電話を終えてすこししてから、ドライバーの方がぽつりと、「今日は空港から、どちらまで行かれるんですか?」と私たちに尋ねてきた。

日本に帰国するんです、と答え、そこから会話の流れのままに自分たちのことを簡単に話した。私たちは、このときこの国に越してきたばかりで、日本に一時帰国して身内だけの小さな結婚式を挙げる予定だった。

彼の相槌はどこか優しく心地よく感じられるものだった。私はこのドライバーさんがどんなストーリーを持っているのかなんだか気になってしまって、「ここにどのくらい住まれていらっしゃるんですか?」と、自然な流れで切り出してみた。

彼は、もう30年も前に、中央アジアのキルギスという国からカナダに移民してきたそうだ。その頃彼はまだ18で、お金も知り合いも家族も何もなく、スーツケース一つで勉強しにきたという。

当時キルギスは貧しい国で、経済も政治も大国に依存し不安定で、だから彼は、たくさんの人の期待を背負って強い思いを持って移民してきたのだと思う。

それから彼は経営を学び、会社で働いた後、飲食店ビジネスを始めた。結婚をし、永住権を獲得し、たくさんの子宝に恵まれた。ちょうど、一番下の子が大学を卒業したところだそうだ。彼の始めた飲食店は、カナダに多くいるムスリム系の移民たちをターゲットにしたハラル専門のイタリア料理店で、大繁盛し、今ではトロントだけではなくカナダ各地に何店舗もの系列店を構えているという。タクシードライバーのお仕事は、いろいろ落ち着いてきた頃合いで趣味として始めたそうだ。

ピアゾン空港への道は大抵いつも渋滞で、普段はとても長く感じるのだけれども、この日はするすると抜けていってしまったのだろうか、気がついたら高速道路を出ていた。

素敵ですね、すごいですね、彼の人生に対し、いくらでも美辞麗句は並べ立てられるけれども、私たちはそれはあまりせずに、短く相槌を打ちながら彼の話に聞き入っていた。

「私は本当に幸運だと思う。大事なことがあるとするなら、勉強しなさい。働いて、子どもを育てなさい。」

全てが私たちに、または私たちの世代に当てはまるわけではないと思うけれども、幸せになりたいと思うのならばシンプルなことをこつこつと積み重ねる努力をしなさいということだろうか。不幸というのはいろいろな形をしているものだけれども、幸せというものはどれも似通ってシンプルな形をしているように思われる。彼の言葉は、私たちに向けられた言葉というより、自分の中で反芻している言葉のように聞こえた。

 

旅とは往々にして面白い出会いをもたらすものである。大きなトランクをがらがらとひきながら、幸せになる努力を積み重ねていきたいものだねえ、と呟くのであった。

 

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