何でもない日の散歩をつらつらと

体の芯から凍えるような、灰色の空の日が数日続いて、久しぶりに暖かいある冬の日。

こちらの冬は、素肌が空気に触れただけで痛みを感じるような寒さの厳しい日もあって、そんな日は家から一歩も出ずに部屋に篭り、もくもくと仕事をしたり家事をしたり本を読んだりする。

でも、そんな中でこういう暖かい日もたまにぽっとやってきて、それが繰り返していく中で次第に暖かい日の期間がのびてゆき、そうやって徐々に春になっていくものらしい。

 

少しだけ迷ってからいつもより少し薄手のコートを手に取り、ブーツを履いて外に出ると、すっかり曇り空に慣れてしまったからなのか、青空を真っ直ぐに通り抜けてくるいっぱいの太陽の光に視界が真っ白になる。

1人で散歩をするのはいつも好きだけれど、こんな素敵な休日の少し遅い朝の散歩は、私だけの宝ものみたいでなんだか心がわくわくしてしまう。

 

日々のサイクルのなかで暮らしていると、たくさんいろんなことをしたはずなのに、あれ、今月私何したんだっけ?とふともやもやを感じることがある。仕事の大きなプロジェクトをどうにかやり切って、ふと気づいたらあっという間に月末になっている、みたいな。

日々気づいたもの、感じたこと、たくさんのそういった小さなことがはっきりと形にならないまま忘れられてゆくとき、私はこんなもやもやを感じることが多い。ほんのちょっとの散歩やふと思ったことをノートか何かに書き留めるということを日常にぽつんぽつんと入れることで、なんだか安心するし、そんなもやもやが少し溶けていく。

 

Podcastを聴こうかと思ったけれど、うららかな静けさが心地よくて、イヤホンを外した。ブーツが霜の柔らかくなった草をさくさくと溶かす感覚や、流れていく空気が少し湿っていることや、ところどころ雪解けの水がぽこぽこと流れているのが聞こえた。同僚とのちょっとした会話や読んだ本のことを思い返したりしているうちに、少しだけいつもより遠くまできて、道脇に小さな Pastry の立て看板が見えた。あ、以前調べて気になっていた、確かトルコ系のカフェ。素敵なおばあさんが住むお家みたいなお店。覗いてみるとやっているみたい。偵察にコーヒーだけもらっていってみようかな。

 

からんと音を立ててそろっとお店に入ってみると、中はこぢんまりとしていて、すぐに常連の人が来る場所なんだとわかった。ヒジャブをふわりと軽くまいたおばあさん2人がコーヒーを飲みながらおしゃべりしている。じろじろとは見なかったけれど、素敵な色の食器だなと思った。内装も細やかで、まじまじと観察してみたい。ショーケースには小さなクッキーやベーカリーやらが綺麗にならんでいて、ひとつひとつに聞き馴染みのない名前がついている。

見慣れないお菓子たちの説明書きを読み込んでいると、そのうち奥から女性の店員さんがやってきて、久々に気持ちの良い日ですねと話しかけてくれる。見慣れない客でもまったく気にしていない様子でちょっと安心しつつ、Sサイズのブラックコーヒーと小さなクッキーふた粒を注文してみる。店員さんはクッキーを丁寧に箱に入れてくれた。コーヒーは苦味が深く、甘さ控えめのクッキーはアーモンドとスパイスの香りが効いて美味しかった。

 

こちらに住んでいるとたまに、雑多な東京の街に詰め込まれた、見過ごされてしまいそうな小さなカフェや雑貨屋さんが恋しくなることがある。小さなお店の、出会うまで特に探してもいなかった小さなもの。

昔、両親が若かった頃、赤ちゃんの私を連れて北米に留学していたとき、私を預けるベビーシッターを探すのに苦労したらしいという話を母から聞いたことがある。さんざん探し回った挙句結局イラン人のおばあさんに預けたらしい。母曰く、靴を脱いで絨毯で過ごすなど清潔さに対する感覚や、暮らしの細やかさの感性が一致していたそうだ。このカフェはトルコ系だけれど、屋内の細やかな暮らしの文化は何かしら共鳴するものがあるのかもしれない。

 

素敵なカフェを発掘できた上、1ヶ月分のパワーをくれそうなお散歩だった。もらったパワーで頑張りつつ、自分のペースを忘れず日々を暮らしたいものである。

 

 

 

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