AIは報道の未来を変えるか

「AIは報道の未来を変えると思いますか?」

真理を映す井戸を息を呑んで覗き込むかのような、爛々とした目でそう問いかける大学院学生を前にして、私は内心うーんと頭を掻ていた。

彼の問いに素晴らしい答えを返せたらどんなに良いだろう。井戸から七色の光が溢れ出て、そこから彼の未知なる冒険が始まる、といったシナリオを期待しているのかもしれない。しかし残念なことに、いや本当に残念なことに、ぺーぺーの一ディベロッパーである私には彼が期待しているであろう素晴らしい「答え」を語ることはできなそうである。

 

縁があって、私は今カナダのとある報道機関で、平たく言うとAIの何でも屋さんをやるチームで働いている。WebサイトやPodcast、ニュースアプリや自社の動画配信プラットフォームで、毎日大量に新しく作られる記事を自動でキュレーションしたり、ニュースレターの内容を一人一人の興味に寄り添ったものに調整したり、あるいは大量にあるコンテンツの中から関連したものを瞬時に並べる検索サービスを作ったり。そういったことを通じて、AIを使ってサービスをより便利に、バイアスの少ないものに、一人ひとりの興味に寄り添ったものに、ということを日々目指している。そんな私に、自身の研究プロジェクトの一環ということでわざわざUKからインタビューしてくれている大学院生くんの問いはとても重要で的を射た質問なのだけれども、同時に回答が難しい質問である。

 

 

デジタル化に伴って、報道のあり方は大きな変革を遂げた。若い世代でテレビ・ラジオ・新聞がニュースの第一の情報源であるという人は少なく、主な情報源はデジタルプラットフォームに移った。UKのBBCは、2030年までにテレビとラジオを停止し、デジタルサービスのみにシフトすると発表している[1]。

デジタルプラットフォームの中でも、大手報道機関のニュースサイトやアプリが顧客、特に若年層の顧客の獲得に失敗している点は目を惹く。かつて多くの家庭でテレビや新聞が一家で一つだったことを考えれば当たり前ではあるけれども、有料サービスは、より年齢が高く、教育・所得水準が高い一部の人に利用が限られ、若い世代はよりフリーの記事、特にSNSを主なニュースの情報源としている[2][3]。そして、世界の傾向としては、近年より多くの若年層が、ニュースを避ける傾向にある[3]。

この記事で私は若者のニュース離れを憂いたいのではない。「AIは報道の未来を変えるか」という先ほどの学生の質問に対して、これらの事実は重要な前提だと思うのである。

日々ネットニュースの読まれ方に関するデータを見ている人間として、SNSでのニュースの読まれ方と、ニュースサイトやニュースアプリ内での読まれ方には、歴然とした差がある。まず、SNSで拡散されるニュース記事は、驚くほど内容を読まれていない。キャッチーなものや怒りを煽るヘッダー、芸能等エンタメ系など、拡散される記事には大きくバイアスがかかっている。(例えばLINEニュースと電子版日経新聞のトップページをそれぞれ比べてみればわかりやすいかもしれない…)。当然といえば当然ではある。SNSは、ユーザーがサービスの内部になるべく長く留まることを目標として設計されている。多くの人がライトで娯楽色の強いコンテンツ、楽しいもの、面白いもの、数枚の写真や短い一文でわかるような気軽なコミュニケーションを求めてくるのに、複雑な政治や経済の話や、気が滅入るような暗い話を、わざわざSNSサービスの外に出ていくまでしてしっかり読むのは、アルゴリズムもユーザーも求めていない。

そもそも、テレビを観るとかラジオを聴くとか、ニュースの消費行動は元々とても受動的なものである。プラットフォームが変わっても、その前提は変わらない。昔から人々が積極的に興味を示すのは、エンタメ等所謂 soft news と呼ばれる類のものであった。

 

 

AIは報道を良いものにするか、悪いものにするか、という議論は、だから、AIがどうこうではなくて、私たちがデジタルニュースプラットフォームをどう設計するか、ということが一番最初に議論すべき大事な論点である。AIはその設計の中で、いかに目的を加速させるかという役割しか持ち得ない。

人々がSNSでしかニュースに触れないというトレンドが続く限り、そしてSNSを運営する会社が自社の利益を追求するという一企業として当たり前の構造が変わらない限り、報道の未来はかなり厳しいと思うし、AIはそれを加速させるだろう。AIはターゲットとするスコアを最大化させることに長けている。レベニューがターゲットであれば、各個人に届く情報にはますますフィルターがかかり、不快な情報はシャットアウトされ、心地よい情報やキャッチーでエンタメ色の強い情報ばかりが届くようになるだろう。

2023年、カナダ政府はSNS各社に、ニュース記事を掲載する際に報道機関に対価の支払いを要求する法案を可決し、大きな論争が巻き起こった。Metaは6月、これに反発し、カナダのニュースをFacebookやInstagramから締め出すと宣言した[4]。12月、政府は当初よりも譲歩した条件でGoogleと合意に至った[5]。

SNSを運営する会社からしたら、ナンセンスな法案だと言いたくなるだろうし、米国等他国の追従を許すわけにはいかないだろう。Metaに関しては、まああなたはそうでしょうねという感じではある。カナダの報道機関も、ますます多くの人がSNSで記事を読んでいる中で、結構賭けの大きい勝負だったのではないか。

この法案がベストなやり方だったのかは一旦置いておくとしても、報道の大きなプラットフォームとなっている以上、フェイクニュースや扇動的で意図のある情報、バイアスの排除に向けて、一企業の枠を超えて設計を考え直していく必要があるかもしれない。ケンブリッジ・アナリティカがFacebookの個人情報を利用して2020年米大統領選に莫大な影響を与えたことは有名だが、今の構造のままでは同じことが繰り返されることも十分あり得る。SNSはそもそも、ハードニュースのまともなプラットフォームとして相性が悪い。正直、ニュースはSNSではなく、ちゃんとお金を払って信頼できる記者とキュレーターが運営しているサービスを使う方がはるかに良いと思うし自分だったら絶対そうするけれども、多くの人はそうではないことを統計が語っている。テクノロジーが悪いわけではない。テレビが最善だったわけではない。テレビが王様だった時代は、独占が生まれ、日本では特に、芸能、音楽、新聞含む報道、映画産業に至るまでが、テレビの支配下にあった。それは必ずしも良いことではなかっただろう。

 

 

AIは、デジタルプラットフォームの前提を整えてあげれば、多くの人が読んでいる情報や社会への影響の大きい重要な情報をカバーしつつ、大量に溢れる情報の中から、各個人が必要としている新鮮で関連度の高い情報をいち早く届けることが可能である。大手報道機関が電子版サイトでAI推薦を活用しているのは、だから、各ユーザーのニーズに一番よく合ったコンテンツを届けることを可能にし、サービスをよりユーザーにとって便利なものにしている。報道のデジタル化を、報道機関とデジタルプラットフォームはしっかり議論して、牽引していく必要がある。

 

 

さて、そんなようなことを大学院生くんと話していたらすっかりお喋りが白熱してしまって、気がつくと約束していたよりも随分長い時間話し込んでいたことに気がついた。突然、報道の未来を語りだした面倒臭い人と思われているんじゃないかと心配になって、しばらく口を閉じて大学院生くんを観察してみたが、彼は嬉々として未来について熱く語っていたので、あ大丈夫そうかな、と安心した。

AIが人間の仕事を奪う、という話を聞く度に、論点がちょっとずれているように感じて違和感を覚える。AIが仕事を奪うのではなく、AIとその業界に精通した一部の人間がやり方をがらっと変えてしまうのだ。AIが怖いのではなく、よく見張るべき相手はバックで明確な意図を持ってAIを設計する人間たちである。大抵の変革者たちは社会をより良くしたい一心の善良な人たちだが、テクノロジーはいつも社会の分断と格差を産んできたことも事実で、それは多分今後もしばらくは変わらない。私たちは、社会の変化のスピードを調整したり、富を搾取しようとしたり視野の狭い人たちが、社会を望まない方向に変えていかないように、しっかりじっくり議論をしていく必要がある。現代は、「正義」よりも、無知や無関心を少しでもなくすことの方がずっと大事なことなんだと思う。なくならない戦争も社会の分断も、世界がなかなか団結して取り組めない環境問題も、テクノロジーに分断されていく身体もコミュニティもアイデンティティも、一筋縄ではいかない、答えの見えそうにない問題は山積みだけれども、単純化せずに、粘り強く、議論を積み重ねていきたいものである。

 

[1] https://www.theguardian.com/media/2022/dec/07/bbc-will-go-online-only-by-2030s-says-director-general

[2] https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/digital-news-report/2022/young-audiences-news-media

[3] https://mediamakersmeet.com/younger-audiences-are-increasingly-accessing-the-news-via-platforms-such-as-tiktok-digital-news-report-2022/

[4] https://www.cbc.ca/news/politics/online-news-act-meta-facebook-1.6885634

[5] https://www.cbc.ca/news/politics/google-online-news-act-1.7043330

 

*使用している画像は、すべて Pixabay から引用した画像です。

 

Share this:

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください