トポロジーを「つくる」

トポロジーとは、連続変形で保存される性質を量子数で表した、数学的概念である。
20世紀末に “トポロジカル絶縁体” という物質が発見されてから、固体物理の分野でトポロジーの議論は白熱し、
様々な面白い数学の世界が、実際の物性の世界で実現されることがわかってきた。

今回は、トポロジカル物性に現れる様々な現象が、
固体物理に限らず様々な古典系にマップできることを示す最新の研究を、紹介程度に簡単にまとめようと思う。
詳しい知識は教科書や他の記事にお任せするので、飛躍が多いかもしれません。笑

*この記事は、このスライドの内容を元にしています。

 

トポロジカルなるものをもうちょっと説明

 

トポロジカル物性

トポロジーの説明には、ボールとドーナツの絵なんかがよく出てくる。

 

他にもよくある説明として、メビウスの輪を用いたものもある。

何の変哲もない輪から、一回分ひねったメビウスの輪には、連続変形することができない。

輪のひねった回数が同じならば、丸い形でも、ハートの形でも、好きな形に曲げることができるけれど、

ひねりの回数が違ければ、連続変形できない、”トポロジーが違う”、状態なのである。

トポロジーの違う状態に移るには、一度輪を切らなけらばならない。

 

 

ところで、固体物理では、物質内の電子の状態を、結晶の周期性や対称性を利用して計算することができる。
こうした計算は “分散関係” とか “バンドダイアグラム” とかいう形で表現できて、
周期構造の各ユニットにいる電子の数のぶんだけ、異なった電子の状態式が計算される。
こういった計算によって、その物質が電気を流す金属なのか、絶縁体なのか、半導体なのか、
プラスやマイナスの電荷をちょっと入れたりしたらどのように性質が変わるのか、など、様々な重要な特性がわかる。

GaAs のバンド構造

引用元:http://what-when-how.com/electronic-properties-of-materials/energy-bands-in-crystals-fundamentals-of-electron-theory-part-3/

各線であらわされた各電子の状態は、断熱変化という “連続変形” で推移することができるのだが、
時間反転対称性の破れたトポロジカル絶縁体やワイルといった、特別な結晶の構造・対称性を持つ物質では、
連続変形できない(トポロジーの異なる)他のバンドに飛んでしまう、 “バンド反転” が生じる。

 

エッジモード

こういうことがおこると、それらの接続点で、電子のスピンと運動量が拘束された、系より一つ次元の低い “エッジモード” が発現する。

Non-zero の Chern number を持つバルク(2D)と Chern number が0である真空順位との接続点で、エッジモード(1D)が発現する

エッジに流れる電流は通常の電流とは異なり、後方散乱が禁止された非散逸な電流で、一方通行にしか流れない。上は二次元系の例だが、バルクが三次元系であればエッジモードは物質の表面になるし、一次元系であれば点になる。
トポロジカル絶縁体でみられる “エッジモード” は、トポロジーが発現する代表例の一つだ。

 

フォトニック結晶とトポロジー

さて、固体物理におけるトポロジーの議論はまだまだあるのだが、今回は古典系でのトポロジーがテーマなので、早速紹介していきたいと思う。

 

フォトニック結晶とは

フォトニック結晶は、屈折率の異なる物質で作った人工的な周期構造で、複雑な過程で光学材料を積み上げたり、あるいはスパッタで製造されたりしている。

上:1,2,3次元フォトニック結晶。異なる屈折率を持つ光学材料の周期構造になっている。 下:フォトニック結晶におけるバンドギャップ。

フォトニック結晶でも、固体中の電子の状態の議論を光の状態に関してアナロジーさせることができる。
例えば、鏡は特定の周波数帯の光を反射し、そのその周波数体の光は内部を透過できないわけだが、フォトニック結晶では、これを”周波数ギャップ”とする。
上の1Dフォトニック結晶の図で示されるように、フォトニック結晶の周期構造が入射光の波長程度であり、入射光の周波数がバンドギャップ内にある場合は、各ユニットで反射された光は強めあい、光は透過できない。その一方、入射光の周波数がバンドギャップ内にない場合は、各ユニットで反射された光は打ち消しあい定在波をうむため、結果として光は結晶内を透過する。

このような考え方で、フォトニック結晶においても、固体と同様にバンド計算が適応されてきた。

 

フォトニック結晶におけるトポロジカルナンバー

2005年、量子異常ホール効果の提唱者であるHaldane は、古典電磁気学のマクスウェル方程式を周期構造の記述方式であるブロッホ状態の標識を用いて書き直すことで、フォトニック結晶にトポロジーの概念を持ち込んだ[3]。
当初の論文では磁気光学結晶をモデルとして、誘電率・透磁率テンソルが時間反転に対し非対称であることを利用している。

この提唱ののち、理論・実験共に様々な研究がなされていて、

最初にフォトニック結晶においてエッジモードが観測された研究では、鉄のロッドを用いた周期構造にて非散逸な光の伝導が報告されている[4]。
その後磁気光学結晶でなくてもトポロジーが定義されることが発表され、二種類の副格子を持った変調共振器で、変調の位相がゲージ場のようなはたらきをすることが報告されている[5]。さらに、電磁波の電場と磁場の位相の関係(TM/TE)を考慮することで、固体中のスピンの役割をはたすKramer’s pair を導入した研究もある[6]。

 

電気回路におけるトポロジー

2018年、LC回路でトポロジカル絶縁体を再現できるという研究が発表され[11]、界隈を賑わせている。

 

アイデアの起源

このアイデアの元になっているのは、ダイポールがベリー位相(トポロジカルナンバーの導出で重要になる数学的概念)で記述できるという、分極の現代理論である。
2017年 Scienceに掲載された論文で、分極の現代理論を応用して四分極子を記述することで、Higher-orderのトポロジカル絶縁体が記述できることが発表された[10]。

上の図のようなバルク構造を持った四分極子は、従来の、電荷配置のみで定義される四分極子とは異なり、
図のγとλで表現されている、二種類の結合定数の比を変えていくことで状態が変化することがわかった。
γがλより大きいときは、物体内部は絶縁体で、エッジにだけ電荷が現れる。一方で、γがλより大きくなると、四隅にあった電荷は消え、ただの絶縁体になってしまうのだ。
計算によると、後者の場合はただの絶縁体であるのに対して、前者の場合はトポロジカルナンバーが有限の値になり、系は”Higher-order”なトポロジカル絶縁体になる(バルクが二次元であるのに対して、一次元の線ではなく零次元の点としてのエッジモードが現れる)。

 

回路でのモデルの再現

このモデルをそのまま回路に落とし込んだという研究では、実際エッジにて局在した周波数モードが観測されている[11]。近年では、Current Inversion Negative Impedance Converter (INIC)というオペアンプ(簡単に言うと、実行的に+Rと-Rの抵抗を並べ、ネガティプ・ポジティブフィードバックをかけるような素子)を用いて、時間反転対称性を破ることができるという提唱がされている[12]。さらに最近の理論の研究では、トポロジカル超伝導状態や量子演算回路までも作れるなどといった大胆な提唱もある[16-17]。

 

そのほか古典系におけるトポロジーの紹介

 

topological mechanics

以前から、ポリアセチレン(炭素結合した単純な周期構造を持つ分子)がソリトン(電子の特殊な局在状態)を持つ系であるという議論は知られてきた[8]。
ポリアセチレンの構造は一次元の “isostatic(等圧な) lattice”に分類される。isostatic lattice とはマクスウェル関係式と呼ばれる結晶の単位構造での安定性を表す関係式を満たす構造のことで、二次元では正方格子やカゴメ格子、三次元ではパイロクロア構造などが該当する[7]。isostatic lattice では各サイトでの結合が安定と不安定の境界になっていて、少しの変形で系の特性が大きくかわったりする。これらの構造では状態を拘束する self-stress モードと、拘束のないゼロモードが同数存在する、というルールがある[7]。

さて、ポリアセチレンの例で考えると、例えば下のように周期構造を変形し、電子が動けないような場所を作ることで、両端にゼロモードが現れる[9]。

トポロジーの力学への応用として、こうしたエッジモードをベリー位相の概念で記述し直すという取り組みがある。

 

topological acoustics

音などの縦波に対しても、こうした応用がされていて、
sound master equation という流体の公式を書き直すことでトポロジーの概念の導入が試みられている。

実験系としては、適切な周期構造・対称性を持ったノードを配置するという考え方は同様で、
それらを粘性の異なる流体で満たし、右回転・左回転の流れを導入することで対称性を再現している[13]。

こうした系を設計することで、音が決まった方向にしか伝わらない、という実験がされている。

 

まとめ

このように、固体物理で提唱され様々な現象が観測されているトポロジーの考え方は、物性にとどまらず、光学、電気回路、古典力学、音など様々な古典系に応用できることがわかってきている。

数学的概念を、様々な系に対しどのようにマップするかということが、こういった新たな発見の要であると思う。

 

参考文献

[1] L. Liu, et al., “Topological Photonics”, Nature Photonics 8, 821–829 (2014)
[2] Z. Wang, et al., “Observation of unidirectional backscattering-immune topological electromagnetic states”, Nature 461, 772-775(2019)
[3] F. D. M. Haldane and S. Raghu, “Possible Realization of Directional Optical Waveguides in Photonic Crystals with Broken Time-Reversal Symmetry”, Phys. Rev. Lett. 100, 013904 (2008)
[4] Z. Wang, et al., “Observation of unidirectional backscattering-immune topological electromagnetic states”, Nature 461, 772-775(2009)
[5] K. Fang, et al., “Realizing effective magnetic field for photons by controlling the phase of dynamic modulation”, Nature Photonics 6, 782–786 (2012)
[6] A. B. Khanikaev, et al., “Photonic topological insulators”, Nat. Matter. 12, 233-238(2013)
[7] Calladine, C. R. Buckminster Fuller’s ‘tensegrity’ structures and clerk Maxwell’s rules for the construction of stiff frames. Int. J. Solids Struct. 14, 161–172 (1978).
[8] W. P. Su, et al., “Solitons in Polyaeetylene”, Phys. Rev. Lett. 42, 25(1979)
[9] C. L. Kane and T. C. Lubensky, “Topological boundary modes in isostatic lattices”, Nat. Phys. 10, 1038(2014)
[10] W. A. Benalcazar, et al., “Quantized Electric Multipole Insulators”, Science 357, 61-66 (2017)
[11] S. Imhof, et al., “Topolectrical-circuit realization of topological corner modes”, Nat. Phys. 14 925–929 (2018)
[12] T. Hofmann, et al., “Chiral Voltage Propagation and Calibration in a Topolectrical Chern Circuit”, Phys. Rev. Lett. 122, 247702 (2019)
[13] Z Yang, et al., “Topological Acoustics”, Phys. Rev. Lett 114, 114301 (2015)
[14] R. S¨usstrunk and Sebastian D. Huber, “Observation of phononic helical edge states in a mechanical ‘topological insulator”, Science 349, 47-50(2015)
[15] V. V. Albert, et al., “Topological Properties of Linear Circuit Lattices”, Phys. Rev. Lett. 114, 173902 (2015)
[16] Motohiko Ezawa, “Higher-order topological insulators and semimetals on the breathing Kagome and pyrochlore lattices”, arXiv:1709.08425v2 (2018)
[17] Motohiko Ezawa, “Braiding of Majorana corner states in electric circuits and its non-Hermitian generalization”, arXiv:1902.03716v2 (2019)

Share this:

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください